眼を開けば どこにでも 教えはある

雨降りの日に飛行機に乗り、離陸して雨雲を抜けると、上空は光が射しています。
太陽の光は、いつでも降り注いでいますが、雲があると、雲が光をさえぎってしまいます。

『正信念仏偈』の御文の中に
譬如日光覆雲霧
雲霧之下明無闇
(よし日の雲に隠るとも
下に闇なき ごとくなり)

阿弥陀様の大智・大悲も、常に私にそそがれていますが、受け取る心がないと素通りしてしまいます。

「堀口大学」さん(1892〜1981)の短歌に

深海魚 光に遠く 棲むものは ついにまなこを 失うとあり

光の届かない海深く棲む深海魚は、光から遠ざかっているので、だんだんと眼の働きが退化をしていきます。同じように、仏法という光のご縁から遠ざかって生活をすると
心の眼が閉ざされてしまいます。

「心の眼」が開かなければ、大切なことは見えてこないし、聞こえてこないのです。

「金子みすず」さん(1903〜1930)の詩『星とたんぽぽ』には、みすずさんの「心の眼」がとらえた世界が描かれています。

青いお空のそこふかく
海の小石のそのように
夜がくるまでしずんでる
昼のお星は目に見えぬ
見えぬけれどもあるんだよ
見えぬものでもあるんだよ

「心の眼」が開けば、ふだん見慣れているものでも、これまでとは違って見えたり、見えなかった部分が見えたりします。見えるということは気づくということであり、教えられるということです。

(令和元年5月の掲示板)

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